考える力は生きる力 考え抜く頭脳を育てたい

どんぐり・スマイル14


dsmile14「絵をかくことで育つ力 ~想像力と共感力 その4」

私は、早期からの知的教育には、声を大にして反対を訴えます。可塑性(かそせい)に富む時期だからこそ、勉強に費やされてしまうことのデメリットを考えねばなりません。この時期、子どもたちには、「子ども」を体験することが不可欠です。
好奇心に従って、世界を探索すること、試行錯誤をくりかえして自分で判断すること、同世代の子どもと自由な交流をもつこと、さまざまな感情を経験して、表現すること。そして、何よりも、お母さんから「強制されない」ことを通して、ありのままの自分を受け入れること。
それらを通じて、自尊心がつちかわれ、安定的な人格の土台が形成されます。

臨床心理士。東海学院大学教授・長谷川博一先生の言葉より

 

最近、遅ればせながら「マルモのおきて」に、すっかりはまってしまいました。毎週日曜日の夜には、テレビの前で釘付けになり、夢中になって見ています。
歌もダンスも完ぺきにマスターし、食い入るようにみているせいか、ダブル主人公の「薫ちゃん」のまねが、かなりうまくなってきました。

「マルモのおきて」の人気の秘密は、脚本やテーマもすばらしいのですが、何といっても「子役二人の子どもらしい、自然な演技」でしょう。父親をなくし過酷な運命の中で一生懸命に生きようとする双子たちの、「のびやかで自然な表情や言動」が、私たちの心に響くのだと感じます。

実は、最近では、子どもの心身症の問題に取り組む医療関係者や、多くの教育関係者が、「子どもらしい、自然な言動」ができずに、「感情を抑圧されている」ちょっと心配なお子さんも、決して珍しくはないということを指摘されています。

もう数年以上まえのことになりますが、以前私が受け持っていたお教室(ゼロ歳から中学生)では、チック(過剰な目のパチパチ)や心因性の視覚障害や難聴、吃音、特定の事について過剰なこだわりをもつ「強迫神経症」「うつなどの気分障害」の症状が出ているのではないか、と思われるお子さんが、何人かおられました。

また、親御さんのいる前では「下を向いて、しゅんとしたまま一言も話さない、おとなしくていい子」なのに、お教室がスタートして親御さんが遠くに行ってしまった、とわかった途端、「目つきや表情が攻撃的」になり、「ちょっとしたことで、暴言をはいたり、教室のものを次々にひっぱりだして暴れまわる」等の乱暴な行動をとる、就学前から小学校低学年までのお子さんがとても多かった、と記憶しています。

たとえば、ある4歳の女の子が、隣に座った自分より体格の小さい子を、理不尽にからかったり、自分の家来のように扱ったりするので、私が優しく注意をすると「あんた、うるさいんだよ!」と、指をさしながらすごまれた事もありました。

その時は、「こんなにかわいい小さな女の子が、何故?」と、大変なショックを受けました。

このように親の目が届かないところでは、傍若無人にふるまうお子さんたちも、お教室が終わる時間が近くなると、また「仮面をつけて、いいこのふり」をしはじめます。そして「先生、今日のこと、お母さんには言わないでね、ね!」」と、弱気になり、今にも泣きそうな顔になりながら、真剣な表情で、私に頼んでくるのです。

 

これはどういう事なのか、どう対応すればいいのか、とお教室をスタートした当初は、わけがわからず、頭を抱える毎日でした。

その後、冒頭にとりあげた、心理カウンセラーとして長年の臨床経験をもつ長谷川博一先生や、児童精神科医の佐々木正美先生のご著書を読み、「そうだったのか」と、目から鱗が何枚も落ちるような感じがしたことを、覚えています。

実は、人間というものは年齢に関係なく、不安なとき、さびしいとき、欲求不満やストレスをかかえているときは、誰かにかまってほしくなるものなのです。ときには「荒れた言動」で、「こっちを向いて」というサインを出す、いわゆる「赤ちゃんがえり」の駄々っ子になります。

幼児や、児童期初期の子どもは、特にその傾向が強く、駄々っ子の自分を受け入れてもらうことで、親や保育者(周囲の大人)と「懐く(なつく)」という信頼関係の基礎を築き、いずれ迎える未知なる人間関係に踏み出す勇気を獲得していきます。(懐くという字は、ふところという意味があります)

しかしこれは、大変残念なことですが、一番の基本である親子関係に課題があり、親に「懐く」という感覚を十分に持てないまま、幼児・児童期を過ごしてしまうお子さんが、現代の日本には急増しているように思えてなりません。

たとえば、「今の親は子どもに甘くて、昔の親は厳しかった」「だから、今の子どもたちがわがままになったのだ」と主張する教育関係者がいます。しかし、よく考えてみると、決して一概に「そうだ」とは言い切れないものがあることに気付きます。

一例をあげると、昔は、一家が抱える子どもの人数も多かったし、(私たちの親の世代は、6人兄妹というのはあたりまえでした)生活も便利ではなかったので、家事や生活への負担が大きく、親の目の届かないところでは、子どもはのびのびとしていられたのです。

また、近所のお兄ちゃん、お姉ちゃんと遊びながら、コミュニケーションの仕方やけんかの仕方、お友達との仲直りの仕方など、いろいろなことを学ぶことができました。

しかし、今子育てをめぐる環境は、激変し、核家族化が急激に進んでいます。父、母、子どもだけの家族で、しかも父親は多くの場合、長時間勤務で不在がち。母親一人と子どもが、家族という密室の中で、ひたすら向き合って暮らすことになります。

また、日本に根強い「母性信仰」というものも、多くの母親を苦しめているものの一つです。

「3歳までは母親の手で愛情深く育てなければ、子どもがダメになる」という3歳児神話に代表されるように、子供をしっかり育てるのは母親の責任という社会通念は強く、何か事件があるとまっさきに「母親の養育態度」が、これでもか、というほど徹底的にマスコミで報道されます。

そのため、特に第一子の場合に顕著ですが、過剰な不安と心配をしながら子育てをされているママは大変に多く、子どものちょっとした弱点も「自分の責任」と感じてしまう傾向があるようです。

私は、これまで1000組以上の親子と対面し、メールやお電話で数多くの親御さんの悩みをお聞きしています。

その中で、一番感じたのは、
「●●脳は、○歳までといったマスコミや教育産業の発信する情報や、周囲の意見にふりまわされている」または、「傍からみるとやりすぎではないか、と感じるほど、自分の理想とする子育てにとらわれている」親御さんが増えている、ということです。

前回のコラムでもかきましたが、発達心理学の観点からみると、人格の基礎が完成するのは、幼児・児童期です。この時期、親や指導者は、子どもに対して「厳しすぎず」「甘やかしすぎず」、自分の行動をふりかえり、客観的・論理的にみる力や、自己抑制力のある人間に育てることは、その子の一生にもかかわる重要な課題であると感じます。

そのためには、「片付けができない」「動作が遅い」「よく忘れ物をする」「よくジュースをこぼす」「そそっかしい」「泣き虫」など、子ども特有の子どもらしい行動を、親御さんが「ふところ深い」態度で許し、責めたり、叱ったりしないようにすることから、子育てをふりかえってみることも大切かもしれません。

(次回に続く)

         2011/07/04掲載

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