考える力は生きる力 考え抜く頭脳を育てたい

コラム<5>


2008/2/20

 

<未来をになう子供たちが、身につけるべき力とは(その1)>

 

私たちどんぐり教育研究会は、毎日たくさんのメールやコメントをいただきますが、最近あることに気がつきました。

それは、「子供にはできるだけのことをしたいと思っていますが、どうすればいいのか、とても不安です」といった内容のメールが少なくない、ということです。

 

確かに今、この時代に子育てをすることの不安は、誰にでもあります。あって当然ではないでしょうか。

その不安の正体を、私(カニ先生)は、次のように解釈しています。(以下少し長くなりますが、ご容赦ください)

 

明治以降、日本は国をあげて工業化社会の実現に取り組み、戦後はひたむきな努力によって高度な工業化社会・経済大国を築きあげました。しかし、1980年代以降、経済の停滞、財政の破綻、出生率の低下、そしてバブル崩壊により、戦後日本を支えてきた日本社会のキーワードともいうべき、幾つかの神話が、崩壊していきました。

 

まず、経済は右肩あがりの成長を続けるという「経済神話」。

偏差値の高い大学を出れば、一生安泰であるという「学歴神話」。

さらには、大企業に入れば保証されるという「終身雇用神話」が次々と崩れ、それが私たちの「将来に対する漠然とした不安」の原因となっているような気がします。

 

今私たちが生きているこの社会は、とんでもない変化と大転換の流れの中にあります。

モノ、カネ、情報、人が国境を越えて移動する「グローバリゼーション」、

 

工業生産からサービス産業に比重が移り、生産性の向上や経済成長の原動力として、

「知識」が何よりも重視される「知識資本主義社会」。

 

このような「知識資本主義社会」においては、個々人は学歴や年齢ではなく、「果たしうる役割」によって評価されるようになると私は思います。

 

つまり、大変厳しいことなのですが、マニュアルによって動く単純作業に従事する人の地位・報酬はあがりません。

反対に、年齢は若くても、豊富な知識と柔軟な思考力によって、新しい「価値」をうみだすことのできる、社会や企業にとって有為な人材は、高い所得をえるようになります。

 

私(カニ先生)が、「自分で考え、自分で感じ、自分で判断できる子供」にこだわるのは、「これからの時代、人の作った基準でしか動けなかったり、誰かが何とかしてくれると、判断を人任せにしていたら、幸せになれない!」と強くそう思っているからです。

 

しかしながら、自分で考え判断し、さらには新しい価値をうみだすとはどういうことなのか。少し漠然として、分かりにくいかもしれません。そこで、ある事例をご紹介したいと思います。

 

田中義剛というタレントさんをご存知でしょうか。

タレント活動をしながら、北海道の十勝で酪農を営み、「花畑牧場」ブランドの生キャラメルを大ヒットさせています。

 

田中さんは芸能活動をしながら、北海道で牧場をやる、という夢をずっと考え続けていたのでした。

33歳のときに土地を探しはじめ、やっと土地を購入しました。農協からは「牧場をするなら借金をして、最初に牛を100頭飼え」と言われ、喧嘩しながらも、「牛一頭で!」牧場をスタート。独学で乳製品をつくりはじめました。

 

牛一頭からでる牛乳は毎日30キロ。牛乳として出荷するよりも、それを良質のブランドチーズにすれば、1キロ5000円の値段がつけられる。田中さんは、そこに目をつけ、牧場はみるみると成長していったのです。

 

ここで私が「なるほど」と思ったのは、田中さんが「僕は素人だから、農協の言うことをきこう」ではなく、あくまでも自分で情報収集し、こうではないかと仮説をたて、検証し、そして判断していることです。

 

また親友である東国原宮崎県知事と、「これからの時代、一つのことをやる時代じゃない。二兎でも三兎でも追って、リスクヘッジをかけなきゃだめだ」と話をしていたそうです。(プレジデント社 プレジデント 2008.1.14号)

 

(次回に続く)

 

 

2008/3/8

 

<未来をになう子供たちが、身につけるべき力とは(その2)>

 

前回のコラムで取り上げた生キャラメルですが、ネット上でも人気のようです。

 

私(カニ先生)が言いたかったことは、価値観が多様化している今日、ニッチなマーケットでも必ず一定数の顧客がいて、アイディア次第では、資本力の大小に関係なくビジネスが成り立つ、ということです。

 

考えようによっては、歴史上かつてないほど、面白い時代だと思いませんか?

 

これからの世の中は、新しい「付加価値」を生み出すことのできる人には、成功の追い風が吹いています。知識資本主義社会においては、自分の持っている知識や経験、能力そのものが財産となりますので、それを常に工夫して磨き続けることも重要なポイントです。

 

働き方そのものも多様化しています。高度経済成長の時代には、一度会社に入ると、何歳で課長、何歳で部長、そして何歳で定年というレールがありました。しかし、現在では誰もが管理職になれるわけではなく、成果主義が企業に浸透しています。

 

転職もあたりまえになっている今日、(アメリカでは一生のうちに一人平均7回転職するそうです)誰もが真剣に、「どのような働き方」をしていくのか、「何を仕事に選ぶのか」自分のキャリアを考えざるを得なくなっています。

 

このように大転換期にある日本の将来を考えたとき、次の世代を担う子供たちが身につけるべき力、本当に必要な資質・能力とは何なのか。多くの親御さんたちが、一番不安に思われているところではないでしょうか。

 

そこで先日ある雑誌で見た、興味深い記事をご紹介させていただきます。

 

世界が認める経営コンサルタントの大前研一さんですが、何と息子さんは、中学校ドロップアウトだそうです。その大前さんが、「脱学校の教育術」として、次のようなことを述べておられるのを、私は大変興味深く拝見いたしました。

 

「学校で教わることを暗記するだけの勉強をやっていても、グーグル時代を生き抜くビジネスマンにはなれません」

 

「今は、答えのない時代です。未知の領域に立たされたとき、自分の頭で考えて、問題解決できる人材でないと、メシを食っていけない。だから、子供には、学校の勉強ができるよりも、将来どうやってメシを食っていくかを常に考えさせるし、親として一緒に考えてあげることが大切なのです」

 

大前さんの家庭では、このような教育方針のもと、家族旅行に行くときは、子供たちにも計画をたてさせ、誰が面白かったかを競わせていたそうです。

 

中学生になると、次男は自分で「コンピュータをやる」と決めて、コンピュータの先生を自分で探して連れてきたばかりか、3年生のころには、プログラミングのアルバイトで自分で稼ぐことができるようになったそうです。

 

長男も次男もいまや、若くして専門分野のプロフェッショナルになっており、分からないことがあると、大前さんも子供たちに教えてもらうのだとか。

 

「次男が自分でコンピュータの先生を連れてきた」というのがすごい!と思います。

(週刊現代 3月1日号より)

 

(次回に続く)

 

 

2008/3/10

 

<未来をになう子供たちが、身につけるべき力とは(その3)>

 

去る3月8日(土)19時30分より、NHKの「日本の、これから」という番組において、「学力低下」が取り上げられました。中学生、高校生の子供たちも全国から参加して、「それはおかしい」と思うコメントに対しては、「不満」の旗を振ることができる、ユニークな企画だったと思います。

 

「やっぱりこういう議論になるだろうな」と予想しながら、結局面白くて最後まで見てしまいました。みなさんは、どんな感想をお持ちになられたのでしょうか。

 

私(カニ先生)は、いろいろなことを考えたのですが、中でも一番印象に残ったのは、子供たちが言った言葉です。

 

たとえば、こんなコメントが記憶に残っています。

 

「子供の中には、一度教えたら理解する子と、何度も教えないと理解できない子がいる。先生は、それを分かって欲しいです!」

 

「僕たちには、これを学ぶとこんな楽しいことがあるとか、そういうことを教えて欲しい」

 

私が言いたいのは、日本の教育を論じる上で、学力が二極化していることを問題にするのであれば、

「どうして一度教えたらすぐに分かる子と、そうでない子がいるのだろう。その違いは、どこにあるのだろう」

と、本質的なところから考えてみることが重要ではないか、ということなのです。

 

私(カニ先生)は大学時代、某進学塾の中学生のチューターをしていました。また、「女の先生でこわくなさそう」という理由から、ちょっと勉強の遅れ気味な中学生の家庭教師を、何人も引き受けていました。

 

そして、あることに気づいたのです。理解の早い子(いわゆる勉強が出来るお子様)は、「こうだよね」というと、「あ、こういうことですね」と、それを一瞬で視覚イメージ化する力があるのです!(それは、教科を問いません)

 

反対に、学校の勉強が分からないお子様は、「こうなって、こうなるでしょ」、「???」、「だから、こうなって、こうでしょ」、「???」の繰り返しで、最終的には私が、図や表をかいて教えると「ああ」と納得することが何回もありました。

 

とにかく、英語でも数学でも、出来るだけ簡単な図で「教える」ということを、当時大学生だった私は、ごく自然にやっていたような気がします。

 

その当時は、「分かるとは視覚イメージ化・イメージ再現ができること」という糸山先生の理論は、もちろん知りません。

 

しかし、中学生の出来る子、出来ない子を多数見ていた経験から、「視覚イメージ化できるように教えないと、分からせることができない」と自分なりに、理解していたのだと思います。

 

ここで学校の先生や、教育の研究者たちに言いたいことは、「子供たちの学力が低下している」、「学習意欲が低下している」、「このままでは、国が滅びる」と大騒ぎするまえに、「その原因は、どこにあるのか」子供の立場に立って、もっと深く、様々な角度から掘り下げて欲しい、ということです。

 

私が考える「学力低下」に対する解決策は、非常に単純です。視覚イメージは、すべての学習のプラットホームになるのですから、小学校での学習を「子供たちが、すべての教科で視考力を養成する!」という視点から、再構築していけばよいのではないでしょうか。

 

最近、若者の仕事力の低下も問題視されていますが、この「仕事力」も実は、視覚イメージと深い関係があります。

 

先輩から「こうして、こうして」と説明されても、そのつど「???」となっていては、重要な仕事は到底まかせてもらえません。

 

未来を担う子供たちが、堂々と自分に自信をもって広い世界に羽ばたくためには、この「視考力」という翼が、必要不可欠なのです。

 

(次回に続く)

 

 

2008/3/31

 

<未来をになう子供たちが、身につけるべき力とは(その4)>

 

前回のコラムで、「最近、若者の仕事力の低下も問題視されていますが、実はこれも視覚イメージと深い関係があります」と書きました。

 

「学力低下」ならびに「仕事力低下」の例として、先日のNHKの番組でも、企業が新入社員を対象に「簡単な漢字のかきとり」などをさせている様子が取材されていましたが、これは多くの親御さんたちにとって、かなりびっくりする光景だったのではないかと思います。

 

これは私(カニ先生)は、最近の若者の学力低下について、こう考えています。

 

(1)親の世代が子供だったときに比べ、今の子供たちは、テレビ・ゲーム・早期教育における習い事・低年齢からの通塾などに時間を奪われ、大人と会話する・異年齢の子供同士で遊ぶ・読書をする・自由に好きなことをして、空想の世界で遊ぶ・などの時間が減っている。

 

(2)子供は、人との会話の中で、多くのことを学ぶ。たとえば「今日は1時間目に何をして、こんなことがあって、こんな気持ちだった」と自分からお話をするとき、子供は自分の力で「今日あったこと」を視覚イメージ化しながら話している。また、最近の子供が苦手になりがちな構文力・文法力なども、会話の中で大人と話すなかで、身につけていくことができる。(構文力・文法力をアップさせるには、もちろん読書も必要です)

 

(3)しかし、核家族化や地域社会の崩壊がすすみ、子供が幼児・児童期において家族以外の大人と話す機会が大幅に減少し、多くの子供がテレビやゲームに夢中になっている今日、「言葉を視覚イメージ化する力」「構文力・文法力」が弱い子供・若者が増えている。

 

(4)幼児・児童期において、「言葉を視覚イメージ化する」力が弱く、また「視覚イメージを活用する学習法」を知らずに成長すると、「マニュアルを読んでも、その内容が理解(イメージ)できない」「簡潔に要点をまとめた資料が作れない」「人との会話の中で、その会話の本質が何なのか、理解できない」などの「仕事力の欠如」に悩むことになる。

 

余談ですが、これまで中学生・小学生の両方をみてきた私の経験からいうと、「構文力・文法力が弱いと、中学の英語の勉強で非常に苦労する」そして、「高校の現代国語・古文・英語の授業についていけなくなる」というリスクがあると思っています。

 

ですから、子供が中学、高校と学力を伸ばしていくことを親御さんが望まれるのであれば、この「構文力・文法力をつける」というのは、重要なポイントとなります。

 

どんぐりの文章題は、実はこの点にも深く配慮して作られています。

(現在公開中のDVD講義を、是非ごらんください)

 

最近になって、どんぐりの良質の算数の文章題に取り組みはじめると、子供に「こんな変化がありました!」という報告が、複数のお母さまから寄せられました。

 

「まだスタートして2ヶ月ですが、絵本を読み聞かせているときに知らない言葉があると、それどういう意味?とさかんに聞くようになりました」

 

この現象は、特に就学前のお子様に、顕著にあらわれるようです。

 

これは私の推論なのですが、どんぐりで「文章を正確に視覚イメージ化する」という練習をしていると、知らない言葉=視覚イメージ化できない言葉に対して、「これは何?」と敏感に反応する習慣がつくのだと思います。

 

そして、学力とは、一朝一夕に身に付くものではなく、また塾や習い事でお金を払えば身に付くものではなく、こういった「知らない言葉に敏感に反応する」とか、「知らないことに対して、知的好奇心をもつ」と言った、小さな小さな習慣の積み重ねにほかならないのです。

 

(次回に続く)

 

 

2008/4/8

 

<未来をになう子供たちが、身につけるべき力とは(その5)>

 

「フリーター」、「ニート」そして、最近では「ワーキングプア」という言葉が登場し、深刻な問題となっています。

子育て世代の親御さんたちにとっては、「うちの子が、このうちのどれかになってしまったら、どうしよう!」と考えはじめると、夜も眠れない!というのが、本音ではないでしょうか。

 

最近では、「とにかくフリーターではなく、正社員になれるように育てなければ」と、子供に休みなく勉強させていないと不安で仕方がない、そんな親御さんが増えているようです。

 

親御さんの教育方針のもと、毎日何枚もドリルをし、低学年から塾に通い、先取り学習をする。

私(カニ先生)は、そんな子供たちをたくさん見てきましたが、「本当にこれで学力がついているのかな?」といつも不思議に思っていました。

 

ここで親御さんたちに考えていただきたいのは、「頭をよくするのと、学校のテストで点をとれるようにするのは違う」ということです。

 

極端な話、小学校低学年(あるいは中学年)までは、頭がよくならなくても、学校のテストで点をとらせることは可能です。つまり、子供がいやがっても、自宅や塾でたくさんの問題を繰り返し解かせ、答えを暗記させればいいからです。

 

しかし、この「暗記だけで点数をとる」やりかたは、小学校高学年になると、とたんに通用しなくなります。

また、小学校入学前からいくら時間をかけても、お金をかけても「頭は良くなりません。」

 

どうしてでしょうか。

 

では、「頭がいい」とは、どういうことかを考えてみましょう。

 

人によって、いろいろな意見があるとは思いますが、何よりも重要なことは、「理解力・思考力・判断力がある」というこであると私は思います。

 

そして、この「理解力・思考力」には視覚イメージや多様な体験・経験、そして「判断力」には、感情が深いかかわりをもっています。(詳しくは当会のDVD講義か、糸山先生の著書をお読みください)

 

ドリルやテキストを中心に「知識や問題の解き方を習い、暗記する」という学習では、点数はとれるようになるかもしれませんが、本当の意味で「頭は良くならないのではないか」と、私は思います。

 

最近では、社会人やビジネスマンの間において「地頭力」というキーワードが、急速に話題を集めています。

 

この「地頭力」とは、知識や人の意見に頼らず、自分の頭で考えて回答を導く力であると定義されています。

変化が激しいこれからの時代には、従来の経験ベースでは答えられない難問や課題が増えます。

 

そうしたときに、問題の本質をとらえ、誰が聞いても説得力のある答えを導き出すことのできる、

いわゆる「地頭が強い」人材を、企業側も即戦力として欲しがっているのです。

 

実は、ヒートアップする中学入試においても、学校側が求めているのは、(特に最近人気が高い公立中高

一貫校では)この「地頭が強い」子供である、と言われています。

 

(次回に続く)

 

 

2008/4/17

 

<未来をになう子供たちが、身につけるべき力とは(その6)>

 

私たちどんぐり教育研究会は、「無理・無駄のない中学受験」を親御さんたちにおすすめし、各教科の効果的な学習法や過去問分析の具体的なやりかたについて、日々情報収集や研究活動を行っています。

 

今年も「中学受験は小学校4年生から塾に行かないと受からない」という固定概念(?)にもめげず、「どんぐりと自宅学習」(と模試)のみで中学受験に挑戦する親子がいらっしゃることと思います。

 

また、受験はまだ数年先になるが、準備として過去問分析をはじめている親御さんも、いらっしゃるかもしれません。

 

私(カニ先生)も目下、ご依頼を受けて、ある関東の中学校の過去問分析を行っておりますが、その中でいろいろなことに気づきました。

 

まず、大変面白いと思ったのは、国語の問題です。各学校によって、本当に全然違います。そして、各学校の作成する問題の中に「うちの学校が欲しい生徒は、こんな生徒ですよ」という明確なメッセージが感じられるのです。

 

一つ例をあげてみましょう。ある学校は、ものすごい長文を出します。それは「うちの学校は読書の嫌いな子、速読のできない子は向きませんよ」という学校側からのアピールなのです。

 

またある学校は、「言葉の微妙なニュアンス」を問う問題を、毎年必ず出題しています。たとえば、「○○な思いがきざしてきて」の意味について、「きざす」とはどういう意味なのか、しっかり考えなければ正解できない問題を出題します。

 

ここで考えなければならないのが、「○○な思いがきざす」なんて言葉を、小学校6年生が知っているだろうか、ということなのです。

 

まず、日常生活の中では全く使いません。作文をかくときにも、「こんな思いがきざしてきました」なんてかく子は、まずいないでしょう。多くの受験生にとっては、初めて見る表現なのではないかと思います。

 

しかし、日ごろから「見たことのない言葉について、自分の頭でしっかり考える習慣」をもっているお子様は、多分こういう風に考えて正解に至るのです。

 

「きざす・・・何かな???

そういえば、きざしという言葉があるよね。きざしって、どう意味だっけ???

あ、そうか!とすると、この問題は、こういう意味しかないよね!」

 

話は変わりますが、私(カニ先生)の持論の一つに、「国語力が高い子供は、中学、高校と成長するほど伸びていく」というものがあります。

 

一般的に、中学生になって「勉強が苦手になる・分からなくなる」原因の一つに、私は「国語力」不足の問題があると考えています。たとえば、中学になると、親御さんたちも振り返っていただければ分かるように、勉強の中に難しい言葉がどんどん出て来るからです。

 

社会や理科だけでなく、数学でも同じです。ちょっと参考書をめくってみると「絶対値・累乗の計算・項と係数・分配法則・縮図を利用した計量」など、日常生活では使わない、難しい言葉のオンパレードですね。

 

その中で、たとえば「分配ってこういう意味だから、この法則はこういう意味かな?」と何となくイメージできる子と、「分配?何それ?」と思っている子とでは、同じ授業を受けてもその理解力にかなりの差が出てきて

しまうのです。

 

ですから、「言葉をイメージする」・「語彙力をできるだけ豊かにする」ということは、中学以降の勉強を考えると、小学生のうちに身につけておきたい重要な力であることは、間違いありません。

 

このように見てくると、中学受験の問題を作っている先生たちも、「さすがにいろいろ考えているんだなあ」ということが分かりますね。

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