考える力は生きる力 考え抜く頭脳を育てたい

コラム<2>


2007/6/4

 

<自立を最大の目標にしているフィンランドの教育 1>

 

2004年に発表された、OECD加盟国に実施された学習到達度調査(PISA)の結果は、大きな話題を呼び、以降日本においては「ゆとり教育」の見直しが論じられるようになりました。

 

このPISAの読解力で日本は14位、それに対し、トップの成績をおさめたのは北欧のフィンランドです。フィンランドは読解力と科学部門で1位、数学は2位、問題解決力は3位、総合では圧倒的に世界一となりました。

 

PISAは、15歳児を対象に3年に一度行う学力と生活調査ですが、知識量よりも思考力を重視しているのが特徴です。

 

暗記能力よりも、実社会で生きていくための応用力が重視されています。

 

日本は数学では世界6位、科学が2位と、世界的にみて決して悲観するレベルではないのですが、読解力が14位(全15か国中)と低く、総合的な学力は年々低下していることが指摘されています。

 

では何故日本の子供たちは、読解力が低いのでしょうか。

テレビばかり見て本を読まなくなり、作文を書かなくなったから、読解力が落ちたのでしょうか。決して、そればかりが原因ではないのです。

 

そもそも、PISAにおける「読解力」とは、「みずからの目標を達成し、みずからの知識と可能性を発達させ、社会に効果的に参加するため、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」であると定義されています。

 

PISAのテストは、とてもユニークで、たとえば、「欧米には壁に落書きする人がいますが、これはアートであり、社会の寛容性のあらわれである、という意見と、犯罪であるという意見があります。あなたはどう思いますか、その理由とともに述べなさい」という問題が出されます。

 

これに対し、日本の子供たちは白紙回答をしてしまうのです。どちらかを選んでかけばいいのに、一行もかけない。ある意味で、自分の意見がもてない、判断力に乏しいといえるでしょう。

 

PISA調査では、物事を批判的にとらえ、自分の意見をぶつけ、相手をいかに動かすコミュニケーションがとれるか、こういう力を試しており、成熟社会において問われるのは、実はこういう力なのです。

 

そしてそういう能力が高いのはフィンランドの子供たちであり、その学習法は「フィンランドメソッド」として、大いに注目を集めています。

 

次回は、そのフィンランドメソットについて、ご紹介します。

 

 

2007/6/11

 

<自立を最大の目標にしているフィンランドの教育 2>

 

そもそも日本と欧州では、学力観の違いがあります。

 

フィンランドが1位となったPISAで問われている能力とは、「コンピテンシー」といわれ、これは「どれだけ知識を積み重ねているか」ではなく、「社会に出て使える力」に焦点をあてたものなのです。その能力を裏付けるものとして、「学習力、創造力、批判的思考力、問題解決力、問題解決に積極的に参加する能力」が挙げられています。

 

欧州においては、80年代から90年代にかけて、若者の失業率の悪化があり、「社会にでて使える人材の育成」が大きな課題となりました。さらに、移民の流入もあり、多様な価値観のなかで、うまく生活していく能力を身につけることが重要となったのです。

 

そこで生まれてきたのが「コンピテンシー」という考え方でした。フィンランドは1990年代前半の一連の教育改革を通じて、子供たちの「コンピテンシー」を最大限に高める学習支援体制を実現し、その結果「学力世界一」の国となったのです。

 

フィンランドの教育に関しては、フィンランドの小学校で使われている国語の教科書が最近日本でも出版されており、いろいろと情報を集めることが可能です。また、あまり知られていないことですが、ビジネスの世界で非常に注目を集めている「マインドマップ」を、いち早く義務教育の中に取り入れている点でも、ユニークです。(ちなみに読解力2位の韓国でも、マインドマップを利用した教育を行っています)

 

マインドマップは、開発者のトニー・ブザン氏によれば、「脳のスイスアーミーナイフ」であり、思考のためのツールとして多機能であり、効率よく、多くのアイディアを出せる点ですぐれています。教育の世界では、大ヒットコミック「ドラゴン桜」で、マインドマップに近い「メモリーツリー」が登場したことで、多くの人により広く理解されるようになりました。

 

開発者であるブザン氏は、実は糸山先生と同じことをいっています。脳の共通言語はイメージと連想であり、言葉はそのイメージを説明する手段に過ぎない、というのです。脳にとって林檎とは、赤い物質のイメージそのものであり、「りんご」という単語ではない。そこでマインドマップには、できるだけたくさんカラフルにリズミカルに絵をかきこむことで、脳を直接刺激し、楽しませていくのです。

 

たとえば、勉強のためのノートのとりかたも、変わってきます。

(ご興味のあるかたは 「勉強が楽しくなるノート術 トニー・ブザン著」ダイヤモンド社 をどうぞ)

 

次回は、図書貸し出し数世界一、フィンランドにおける読書教育について、ご紹介します。

 

 

2007/6/21

 

<自立を最大の目標にしているフィンランドの教育 3>

 

図書館利用率世界一の国

 

フィンランドの教育について、これまで2回続けてご紹介してきました。

 

最近特に注目を集め、いろいろなところで紹介される機会も多いと思いますが、私(カニ先生)が特に保護者のみなさんに知っていただきたいのは、次のことです。

 

フィンランドでは、義務教育が終わるまで、順位をつけたり、他人と比較したりするためのテストがないのです。これは、「小学校におけるテストや通知表など、いわゆる評価を気にする必要はありません」という糸山先生の考え方と同じです。

 

小学校の学習内容は、6年間かけて身につけるものが多く、子供の発達には、個人差があるものです。ある段階のテストの点数で子供を判断し、周囲が過剰に気にすることは、子供に「出来、不出来」のレッテルをはることになります。そして、「不出来」とはられたレッテルは、子供の自信をなくさせ、伸びていく大事な資質を損なってしまうことにも、なりかねません。

 

先日読んだ雑誌の中で、興味深い記事を見つけました。「あなたは絶対!運がいい」など、多くのベストセラーを書いた浅見帆帆子さんの、お母さまの話です。帆帆子さんは、子供のころ算数が苦手で、実際に成績もよくなかったそうです。しかし「あなたって、ママの小さいころより算数が出来て、えらいわね」と言われ続けているうちに、だんだん苦手意識がなくなっていったのだそうです。

 

小学校時代は、評価や出力よりも、豊かな入力(インプット)が大切です。そして、子供が自信を喪失してしまうような評価よりも、子供の知的好奇心を刺激し、もっと学びたい、という動機づけをしてあげることが、何よりも重要なことではないでしょうか。

 

ここでもう一つご紹介したいのは、フィンランドは公共の図書館が充実しており、図書館利用率が世界一の国である、ということです。図書館の子供むけスペースなどで、頻繁に本の読み聞かせが行われ、親子で気軽に立ち寄っていけるのです。親の帰宅時間が日本より早いので、夕食後に親が読みきかせをしている家庭も多いのです。

 

(読み聞かせの本当の意味については、糸山先生のDVD講義を是非ごらんください)

 

最後にもう一つ、ご紹介します。「小学生100冊読書日記 フィンランドメソットで本が好きになる」が、フィンランドメソット普及会より、出版されています。これは、何とシールが大好きな小学生のために、100冊の本の表紙がシールになっているのです。さらに、読んだら「読書日記」にシールを貼って、一言感想を書くようになっています。「お子さんが本を読まなくて困る」という保護者の方は、是非調べてみてください。

 

 

2007/6/26

 

<子供が伸びる!楽勉のすすめ>

 

「親力で決まる」など、多くの本を書かれている親野智可等(おやのちから)先生の本に、こんなことが書かれていました。

 

「勉強って、鉢巻きして机にかじりついてやるようなイメージがあると思うんです。勉強とは、ストイックなもので、何かを犠牲にして取り組むべきものという固定観念がある。その固定観念が子供にプレッシャーを与えるだろうし、親のほうにもプレッシャーを与えてしまうという傾向が、いまだに残っていると思うんです」

 

「でも、社会ではじめて県の勉強をやるときに、家で日本地図のジグソーパズルで遊んでいた子は、遊びの中で身についてしまっていた。そうすると、何の苦労もないし、それが授業にも実際に生きてくる。自分の自信にもつながるのです」

 

親野先生は、23年間の小学校教師としての経験から、「こうすればもっと勉強が楽になる」「楽しくなる」というさまざまなアイディアを提案し、「ラクラクと楽しみながら勉強できる」、「楽勉」が、親御さんたちにも好評なようです。

 

「勉強とは鉢巻をしめて」、「ストイックにやるもの」というイメージをもたれている保護者の方は、意外と多いのではないでしょうか。(私も以前はそうでした)

 

しかし、どうでしょう。

学力世界一のフィンランドは、学校での授業時間数は、「ゆとり」教育の日本よりも、少ないのです。

 

また、国語の授業でギリシャの物語が出てくると、ギリシャ神殿の模型をつくる図画工作にまで発展するなど、すべての教科が日本でいうところの「総合的な学習」のようであるといわれています。

 

私(カニ先生)が以前に訪れた同じ北欧の国デンマークでは、小学校での環境教育に野外バスが使われていました。

 

教室の中での授業ではなく、バスにのって遠足のように森の中に出て行って、いろいろなものを見たり、スケッチしたりしながら、環境のことを学ぶのです。「何か遊んでいるみたいだな」と、そのときはそんな感想を持ちました。

 

実は小学生の子供たちにとっては、「遊び」が日常で、「机に向かう」ことは、非日常なのです。この「非日常」の時間にすべてをつめこむのではなく、日常の中に勉強を溶かし込んでいく、そうすることで、何ら力むことなく子供はぐんぐん伸びていきます。

 

次回からは、そんな具体的な「子供が育つ親子遊び」を、少しずつご紹介していきます。

 

 

2007/7/1

 

<両手の10本の指で、10の補数が簡単に身に付く!>

 

最近では、小学校にあがる前から、おはじきやブロック、タイルを使って足し算、引き算まで教えたり、百マス計算をしている幼稚園や幼児教室があります。

 

私(カニ先生)も、3、4歳の子供たちと一緒に、おはじきを使って5の合成や、10の合成をせっせとやっていました。

 

子供に算数を教えるには、という本に必ず書かれているのが、このおはじきを使った「あてっこ遊び」です。

やりかたはとても簡単で、5の合成の時には「ここに5個おはじきがあります。今机の上に3個あります。では、先生の手の中には、いくつあるでしょう」と聞くのです。

 

何度やっても、なかなかできるようにはなりません。

そんな時、私たち大人は、「何でこんなことが分からないのか」と、ついイライラしてしまうものですが、実は幼児から小学校低学年までの子供にとって、「数のセンスを身につけていく」のは、とても大変なことなのです。

 

まず、モノが正しく数えられるようになるには、

(1)数詞が順番にとなえられる。

(2)となえながら同時にモノを指にあてていく。

(3)最後にとなえた数詞が全体の個数をあらわすことが分かる。

という段階をふまなくてはいけません。

 

早い、遅いはあっても、大体「5歳から7歳くらい」で達成できるといわれています。

(というより、そのくらいまでかかるのです!)

 

「うちの子はお風呂でいつも10まで数えています」よくお母さんたちが言われます。しかしとなえることと、数が分かることはまた、別なのです。

 

「いつも4を飛ばして数える」など、お子さんによっては、それぞれの癖があります。そのたびに、「カリカリ」怒るのではなく、じっくり、ゆっくり、子供たちの発達にあわせた「無理なく無駄のない」家庭学習を進めていきましょう。

 

そこでお風呂の中で(場所はどこでもいいのですが)両手の指を使って、10の補数まで簡単に身につけることができる親子遊び(フィンガー・イメージ)をご紹介しましょう。(ここで10の補数とは、2と8、3と7など、足して10になる数字のことを言います。足し算、引き算の基本になる概念です)

 

子供に目を閉じてもらいます。

 

まず、前述の2,3の段階があやふやなお子さんには、指折り算を教えてあげましょう。1,2,3ととなえながら、順番に指を折っていくのです。3のところでストップしたら、3本の指を一塊にして、「こっちは何本かな」「3本だね」というのを繰り返します。

 

次に5の合成にチャレンジしましょう。

子供の指を2本、親の手でつつむようにして折り曲げます。そのまま「曲げていない指を思い浮かべてごらん」と聞いて、曲げていない指をイメージさせます。ここでのポイントは、指を折り曲げたときに、伸びている指の姿を頭の中で思い描くように言葉かけをすることです。

 

5の合成ができるようになったら、同じように10の合成にもチャレンジしてみましょう。

このイメージがしっかり頭に入っていると、繰り上がり、繰り下がりの足し算、引き算もラクにできるようになります。

 

お母さん、ぜひ今日からはじめてください。

 

 

2007/7/8

 

<何故、体験的学習が必要なのか (1)>

 

最近、数人のお母さんから、同じ質問を受けました。

 

「先生、うちの子は理科ができないんです。教室で先生が何を言っているのか、全く分からないって言うんですよ。本当に困っています。どうしたらいいのでしょう」 そして「私たちが子供のころには、小学校の理科くらい、誰でも分かったような気がするんですけどねー。変ですよねー」と、不思議な顔をされるのです。

 

以前の私(カニ先生)ならば、お母さん方と一緒になって不思議な顔をしていたところですが、今ならば「最近の子供たち」が、理科が分からない理由も、分かるような気がします。

 

ここでお母さんたちに気づいて欲しいのは、子供たちが何を訴えようとしているのか、その本質は何なのか、ということです。

 

子供たちは一様に「理科の時間に、先生の言っている言葉が分からない」と言っているので少しややこしいのですが、本当は「先生が言っていることが、全然イメージできない!だから、分からないよ!」と言いたいのではないか、と私は思えてなりません。(もちろん本当に、理科に特有の言葉だけが分からない、という場合もあります。それならば、その分からない言葉を、別の言い方で教えてあげればいいのです。)

 

しかし、「理科の時間に、先生が言っていることがイメージできない」本当の原因は、もっと別のところにあるような気がします。

 

糸山先生の「新・絶対学力」にも書いてあるように、学力のもとは、「体験的に入力されたイメージ」です。自分でやってみるとわかるのですが、たとえばみなさんは、「高い、低い」という言葉から、何をイメージするでしょうか。私の場合、児童期に「たこあげ」をしたときのことを、すぐにイメージします。凧がたかーく、たかーくあがっていく感じです。(これはたこあげが、すごく面白くて、感動したからだと思います!)

 

幼児教室や英語の教室で子供に「高い、低い」を教えるために、いろいろなカードを使い、毎日のように見ていた時期がありますが、「どんな絵だったかな」と思い出そうとしても、全く何も浮かんできません。

 

話を理科に戻しましょう。理科で昆虫や植物、乾電池と豆電球、星座など、いろいろなことを勉強します。しかし、最近の子供たちはそもそも自然の中でたっぷり遊んで四季の変化を感じたり、小さなありや虫を観察したりする体験が、かなり少なくなっているような気がします。

 

今、30代、40代の子育て世代が育ったころは、今よりもまだ周囲に自然が残っていて、みな田んぼで季節の花で首飾りを作ったり、森にかぶと虫をとりにいったり、広場で鬼ごっこをしたり、ということをしていたような気がします。

 

そんな体験の中で、自然に植物や動物や昆虫に関する多様な情報が入力されていたのです。天気や風の向き、雲、といった気象に関することも含めてです。たとえば、田んぼの中に座って蓮華の首飾りを作る、という遊び一つとっても、自然の中にいるだけで五感にさまざまな情報が入ってきます。(土を触ったりするのは、セラピーにもなります)

 

そんな子供時代をすごした親たち世代だから、「理科くらい誰でも分かる」ものだったのではないでしょうか。育った背景が大きく異なっていることを考えずに、うちの子は、こんなに簡単なことも分からないなんて、とお子さんを責めるのは、ちょっとかわいそうです。

 

子供たちが、理科の時間に「先生の言ってることが分からない」と訴えるのは、その内容に関する「体験的に入力されたイメージ」が少ないからなのです。(続く)

 

 

2007/7/24

 

<何故、体験的学習が必要なのか (2)>

 

◇お金に強い子は、算数に強い◇

 

以前、小学校1、2年生の子供を持つお母さんたちから、こんな質問を受けました。

 

「先生、子供のお小遣いは、どうすればいいのでしょう。お手伝いをしてくれたら、そのつどあげるべきでしょうか?それとも、定額いくらにしたほうがいいのでしょうか?」

 

これは、とても難しいテーマです。

 

お金に関することは、それぞれのご家庭によって考え方が違います。「○年生は、○○円にしてくださいです」とか「こういう風にあげてください」とか、いちがいにはとても言えません。

 

子供自身にお小遣いを管理させる、というのは、将来に向けた「自立のためのトレーニング」「金銭教育」という大きな意味があります。しかし、私(カニ先生)は、算数に強い子供に育てる、という意味からも、是非お子様の「お小遣いトレーニング」を、おすすめしたいと思います。

 

最近の話ですが、小学校低学年の子供をもつお母さんたちが、一様におっしゃることがあります。

「先生、うちの子は、大きな数が分からないみたいなんです。もう学校で1000まで習っているのに、100以上になると、全然分かっていないんですよ。どうしたらいいのでしょう」

 

具体的にお聞きしてみると、たとえば市販のドリルなどでよくある「500、550、その次は?(600を穴埋めする問題)などが全然分からなくて、何度教えてもそのつど間違ってしまう」というのですね。

 

みなさんは、どうしてだと思われますか?

 

私(カニ先生)は、やはり大きな数字に関する体験的学習が少ないがために、イメージできないのではないか、と考えるのです。

 

どんぐりの良質の算数の文章題の、小学校2年生コースの中に、こんな問題があります。

 

「ダンゴム市の人口は、みんなで720人です。今、男の人の列と、女の人の列に各々1列に並んでもらっています。列は、女の人の列が男の人の列よりも20人多いことが分かりました。では、男の人の列には何人が並んでいるでしょう」

 

さて、みなさんも一緒にこの問題に取り組んでみましょう。

 

まず、「女の人が男の人より20人多い」ので、これを合計720人から引いてみます。

次に大人が考える場合には、「700割る2で、350」と答えを出すのですが、2年生はこんな割り算は、まだ習っていません。

 

しかし、子供たちは「しっかり」「絵図で」考えていきます。あるお子さんは、700を、「600と100」に分けました。そして、「600の半分は300、100の半分は50」だから、「300と50を足して、350」と見事に正解を出しています。

 

「習っていないもん」とぐずるのではなく、「絵にかけば答えは見えてくる」「工夫して考えると、楽しい」ということを、どんぐり問題を通して、子供たちは実感していくのです。

 

実はこのお子さんは、100円玉を絵にかいて、考えていたのです。1000未満の大きな数を考えるには、お金からイメージするのがやりやすいのですね。

 

しかし、「100円の半分は50円」とイメージするためには、自分で1000円未満のお金を管理し、いくら使ったかを計算したり、残りのお金で何を買おうかと考えたり、そういう体験的学習は最も効果あるトレーニングなのです。

 

よく教育関係者の間では、「お金に強い子は、算数に強い」と言われます。

 

まずは、夏休みのお小遣いをどうするか。ご家庭できめたルールにそって、「お小遣いトレーニング」を、はじめてみましょう。

 

 

2007/7/31

 

<親も子供と、同じことをしてみましょう>

 

最近、「どんぐりころころ小学校」(リンク集をご覧ください)で、「デンタくん」のことが、ふれられています。(是非一度、のぞいてみてください。いかに子供が楽しく算数の勉強ができるか、多様な工夫が満載です)

 

糸山先生は、世の中一般に出回っている、百玉そろばんやタイルなど、すべての教具を自分自身で使ってみた経験から、「子供に算数を教えるのに、人間の指にまさるものはない」という結論に達したと語っています。

 

私(カニ先生)は、幼児教室で、子供たちに百玉そろばんやおはじきを使って、足し算、引き算を一生懸命に教えていました。しかし、「子供にとって、分かりにくいような気がする」という以前に、まず講師である自分自身が「百玉を上手に使えなくて、おたおたした」(不器用なので……泣)という苦い経験を持っています。

 

そこで、デンタくんのことを勉強した時点で、早速自分でいろいろな計算をしてみました。

 

「8+5は?えっと、百玉だと、これをこう動かして、こうするんだよね。じゃ、デンタくんは?頭の中で指をイメージして…、あれれ、全然ラクにできるんだ!」

 

子供にさせるまえに、何でも自分でやってみようと、百マス計算にも挑戦してみました。

しかし、・・・・・一言で言うと、「途中でいやになりました!」

何故ならば、とてもツマラナイからです。

 

何となく、「考えるな!」「ひたすら速く作業をする、マシーンになれ!」と、そんな指令が脳の中で生まれているような、変な気持ちにさえなってきます。(私だけかもしれませんが…)

 

さて、このコラムを読まれているみなさんは、ご自分で百玉そろばんを使ったり、百マス計算に取り組んでみたことが、ありますか?

 

まだないのであれば、是非取り組んでみることをおすすめいたします。

 

そして、時間を見つけて、このホームページにアップされている、どんぐりの算数の文章題にも、是非チャレンジしてみてください。

 

できれば、サンプル問題にある年長さんコースから、6年生コースまでの問題のすべてを、自分で絵をかいて、糸山流4点セット「絵図、計算式、筆算、答え」で解いてみることをおすすめいたします。

 

私(カニ先生)自身がそうだったのですが、自分でやってみる前は、何故絵図をかくことが思考力養成の要となるのか、深くは理解できませんでした。「何でおえかきが、大事なのか?」と、知り合いのお母さん達から質問されて、「おえかきではないんだけど、・・どうやって説明したらいいのかな?」と、しどろもどろになってしまったこともあります。

 

しかし、自分でどんぐり問題を解きはじめてから、よく分かってきました。

 

「あれ、本当に絵から答えが見えてくる!絵図を動かすと、考えられる!」

「絵をかくのって、楽しい!」

「ありんこやハムスター、うんこなど、子供の好きなものが沢山出てきて面白い!」

 

さらに、全学年を通してながめてみると、足し算、引き算、掛け算、割り算と、階段をのぼるように、自然に無理なく準備学習ができるよう、問題が作られていることにも気づきました。

 

子供に「勉強しなさい」「早くしなさい」としかる前に、是非この夏は「子供のやることを、親も一緒にやってみる」ことにチャレンジしてみませんか?

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